父と甥っ子と、朝焼けの海へ。釣れなかった日の帰り道

まだ釣りに行ってもいないのに、僕の釣りは2週間くらい前から始まっていた。

何を釣らせよう。

どこへ行こう。

仕掛けはどうする。

ロッドはどれを持っていく。

天気は。潮は。

そんなことを、毎日のように考えていた。

きっかけは、小学6年生の甥っ子のひと言だった。

「釣りに行きたい」

そして今回は、甥っ子の祖父――つまり僕の父も一緒に行くことになった。

僕と父と甥っ子。

思いがけず、三世代での釣行になった。

目次

釣りに行くまでの、2週間

甥っ子は少し前にホウボウを食べて、それが美味しかったらしい。

だったら、何か美味しい魚を釣らせてあげたい。

一方の僕はというと、相変わらずハタが釣りたい。

さて、どうしよう。

釣り場を調べて、対象魚を考えて、仕掛けを考える。

エルにも「あそこはどうだ」「ここならどうだ」と相談しながら、毎日のように作戦会議をした。

ラインを巻き直したり、しばらく使っていなかったロッドを引っ張り出してきて、

「これ、まだ使えるかな」

なんて確認したり。

前日の夜まで、天気予報と潮を見るのがすっかり日課になっていた。

そうしているうちに、2週間なんてあっという間だった。

考えてみれば、釣りって不思議だ。

海にいる時間だけが釣りじゃない。

「何が釣れるかな」と考えているこの時間も、もう釣りの一部なのかもしれない。

出発前、まさかの地震。そして腹痛

当日。

早朝――というより、まだ夜中。

家族を起こさないよう静かに支度を始めた、そのときだった。

地震が来た。

家族も起きてきた。

驚いたけれど、内心では少しだけ、

「これで支度の音で起こしてしまう心配はなくなったな」

なんて思ったりもした。

そして、いざ出発。

……というところで、今度はお腹の調子がおかしくなった。

なぜ今なんだ。

なんとか予定どおり家を出たものの、

「また急に腹痛が来たらどうしよう」

という別の緊張感を抱えながら車を走らせる。

途中でコーヒーとタバコを買って、甥っ子が暮らす姉貴の家へ。

着く頃には、幸いお腹も落ち着いていた。

家に着くと、父も甥っ子もすでに起きていた。

ただ、甥っ子はまだ眠そう。

のんびり支度をして、

「早くしなさい」

と姉貴に叱られている。

そんな姿を横目に見ながら、荷物を積み込む。

午前4時過ぎ。

まだ暗い街の中を、三人を乗せた車が走り出した。

夏の朝と、父が撮った日の出

車に乗ると、甥っ子はすぐに眠ってしまった。

僕と父は、今日向かう釣り場のことや釣り方のこと。

そして、昔一緒に釣りへ行ったときのことを話した。

しばらく走ると、空が少しずつ白んできた。

「夏の朝って気持ちいいね」

そんなことを言いながらエアコンを止め、窓を全開にする。

窓から入ってくる朝の風が、とても気持ちよかった。

東伊豆へ入り、宇佐美を過ぎた頃だったと思う。

思わず車を止めた。

見事な日の出だった。

甥っ子を起こして、三人で海を見る。

父はスマホを取り出して、夢中で写真を撮っていた。

「ここをトリミングすると、もっといい写真になるんだよ」

撮った写真を見せながら、嬉しそうに話す。

その姿がなんだか楽しそうで。

それを見ている僕も、嬉しかった。

甥っ子は日の出を見終えると、またすぐ眠ってしまった。

それにしても、すごい姿勢で寝ている。

寝違えないのだろうか。

そんな甥っ子を横目に、僕と父はまた昔話をしながら、東伊豆の海岸線を走った。

海が見えたり、山へ入ったり。

伊豆らしいクネクネした道をひたすら進む。

ふと、思った。

父と甥っ子を乗せて、僕が運転して釣りへ向かっている。

昔の僕には、想像もしなかった光景だった。

あと何回、こうして三人で出かけられるんだろう。

父には、いつまでも元気でいてほしい。

そんなことを考えながら走る海沿いの道は、なんとも感慨深かった。

狙っていた場所には入れなかった

釣り場の少し手前でコンビニへ寄った。

朝食を買う。

父と甥っ子は、サンドイッチとおにぎりを2つずつ。

「結構食べるな」

と思ったけれど、気づけば僕もサンドイッチとおにぎりを2つ持っていた。

父が、

「静岡のわさびを使ったツナサンドだ。美味そうだろ」

と言う。

僕も同じものを買っていた。

そんな寄り道をしながら、ようやく釣り場へ到着。

ところが――。

すでに釣り人でいっぱいだった。

狙っていたポイントには入れない。

三人で竿を出せそうな場所を探してぐるっと見て回り、なんとか並んで入れる場所を確保した。

ここから三人分のタックルを準備する。

リーダーまでは事前に組んでおいた。

ロッドを繋ぎ、ガイドにラインを通して、仕掛けを結ぶ。

今回の基本は、20gのシンカーを使ったフリーリグ。

まずは父と甥っ子に釣り方を説明する。

そして三人並んで、

海へ仕掛けを投げた。

「すげーっ!これ、食べれるの!?」

驚いたことに、投入して間もなく三人ともアタリがあった。

「これは幸先いいぞ」

父とそんな話をする。

ところが、乗らない。

またアタる。

でも、乗り切らない。

そんなことを繰り返していると、僕のロッドに大きなアタリが出た。

合わせる。

乗った。

巻く。

巻く。

頭を振る。

「お?」

少し期待する。

さらに巻く。

大物かもしれない。

そして海面から姿を現したのは――。

30cmくらいのエソだった。

エソか……。

エソだな……。

うん。

エソだ。

アタリから期待が膨らんでいただけに、なんだか力が抜けて笑えてきた。

父も笑っている。

ところが、一人だけ違った。

甥っ子だ。

目をキラキラさせながら魚を見ている。

「すげーっ!これ、食べれるの!?」

その純粋無垢な瞳を前にすると、なんだかエソに申し訳なくなってくる。

「食べられなくはないんだけど……ちょっと手間がかかるから、今回は逃がそうか」

そう言ってリリースした。

「でもほら、一匹釣れたってことは、まだ釣れるよ」

甥っ子の目は、相変わらずキラキラしていた。

真っ直ぐ飛ばなくたっていい

そして、そのキラキラした目のままキャストする。

僕のラインの上にクロス。

次は父のラインの上にクロス。

なかなか真っ直ぐ飛ばない。

でも、一生懸命だ。

投げ方をいろいろ教えているうちに、少しずつ飛ぶ方向も安定してきた。

そしてついに、甥っ子のロッドにも魚が掛かった。

エソだ。

でも、そんなことは関係ない。

魚の強い引きに興奮しながら、一生懸命リールを巻く。

そして魚を上げると、

「釣れたーっ!俺やったぜ!」

本当に嬉しそうだった。

その顔を見ていたら、僕まで嬉しくなった。

一方、そんな孫を微笑ましく見ていた父。

……なのだが。

どうも、少し焦りの色が見える。

僕が用意したロッドを置き、自分で持ってきた古いインナーロッドを取り出し始めた。

「これはいつだったかな……」

「これで、どこそこで何を釣ったんだ」

昔の道具を触りながら、昔の釣りの話をする。

どうやら父の中でも、釣り人のスイッチが入ったらしい。

その間に僕は、相変わらずエソ。

そして小さなカサゴ。

甥っ子も小さなカサゴを追加する。

父はというと、その日の状況に合いそうな手札を、あれこれ試している。

僕はさらにウミヘビを追加。

甥っ子は大きめのエソを追加した。

父は、

「久しぶりだと釣りの仕方を忘れてるな」

なんて言いながら、それでも楽しそうだった。

結局、お土産はなかった

朝は曇り空。

途中では雨も混じった。

それでも三人で竿を振り続けた。

やがて雲がなくなり、夏の太陽が顔を出す。

今度は暑い。

アタリもすっかり遠のいた。

時計を見ると、もう昼頃。

「暑いね」

三人とも汗だくになりながら、ここで納竿することにした。

もっとも、片付ける道具のほとんどは僕のものだ。

父と甥っ子は、余ったおにぎりを食べたりジュースを飲んだりしながら、楽しそうに話している。

その傍らで、僕はまだ片付けている。

……まあ、二人が楽しそうだからいいか。

結局、この日持ち帰れる魚はなかった。

でも、不思議と残念な感じはあまりしなかった。

「午後も釣りしようよ」

「帰りに何か食べて、温泉でも寄っていく?」

そう提案してみた。

ところが二人とも、

「そんなにお腹空いてない」

とのこと。

父は、

「帰ったらシャワー浴びるから、温泉もいいかな」

と言う。

そして甥っ子。

「午後も釣りしようよ」

……まだやるのか。

たぶん、ここまでしっかり釣りをしたのは初めてだったと思う。

それなのに、もう十分ではなく「もっとやりたい」と言ってくれた。

それが、僕にはとても嬉しかった。

この日の楽しかった気持ちを、この先もどこかに持っていてくれたらいいな。

そんなことを密かに思った。

三人で食べた、からあげクン

帰り道。

またコンビニに寄った。

今度はローソン。

三人とも、それぞれからあげクンを買った。

父は自分で選んだコーンポタージュ味らしきものを、えらく気に入っている。

一個もらった。

確かに美味しい。

甥っ子は、

「チーズが一番」

と言いながら、ぺろりと食べていた。

そして再び車を走らせる。

海岸線を眺めながら、また昔話をする。

しばらくすると、車内は静かになった。

甥っ子はぐっすり。

父もぐっすり。

運転席から、その二人を見る。

父よ。

元気でいて、これからもまた釣りに行こう。

そして、孫を見つめるあの優しい笑顔を、また見せてほしい。

甥っ子よ。

これから楽しい学生生活がたくさん待っているんだろう。

友達ができて、やりたいことが増えて。

きっと、おじさんと釣りに行くことなんて後回しになる日も来る。

それでも、たまにはまた一緒に海へ行こう。

そして今日みたいな、あのキラキラした顔をまた見せてくれ。

そんなことを考えながら、車を走らせた。

魚はなくても、持ち帰ったもの

無事、姉貴の家へ到着。

待っていた姉夫婦からは案の定、

「魚は?」

「今晩のおかずないじゃん!」

と弄られた。

お土産はない。

確かに、ない。

でも、甥っ子が楽しそうに釣りをしている写真を見せると、二人とも嬉しそうだった。

父と甥っ子は、早速シャワーへ。

少しだけ姉夫婦と姪っ子と話したあと、父を途中の駅まで送った。

そして今度は、一人になった車で、

僕は僕の帰り道についた。

たくさん準備した。

たくさん走った。

魚も釣った。

でも、持ち帰る魚は一匹もなかった。

それでも僕の中には、不思議なくらいたくさんのものが残っていた。

夏の朝、窓から入ってきた風。

三人で見た日の出。

スマホで夢中になって写真を撮る父。

エソを見て目を輝かせた甥っ子。

孫を見つめる父の顔。

そして、帰りの車で眠る二人。

釣りに行くということは、

魚を釣って帰ってくることだけじゃないのかもしれない。

いつか今日のことを忘れそうになっても、

写真を見れば。

文章を読み返せば。

きっと、あの夏の朝の風まで思い出せる。

そんな一日を、ここに残していこうと思う。

釣れた日も、釣れなかった日も。

これが、僕の「海の帰り道」の始まりです。

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この記事を書いた人

神奈川の海を中心に、メバリング・ハタ釣り・ショアジギングを楽しんでいます。

釣果だけでなく、海で過ごした時間や景色、感じたことまで残したくて「海の帰り道」を運営中。

実際の釣行や長年使ってきた道具の経験をもとに、初心者にも分かりやすい釣り情報を発信しています。

釣れた日も、釣れなかった日も。

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